【本の紹介】斎藤幸平『人新世の「資本論」』|脱成長コミュニズムは人類の未来へのヒント|マルクス、再登場?

mezzoの本棚

マルクスが再注目されているらしい。

少し前にそう聞いて、mezzoはびっくりしました。

マルクス主義と聞いて、「古い」「難しい」「時代遅れ」、よって「現代人からは共感できない」というイメージを持つ方も少なくなかったでしょう。

それなのに、なぜ今「マルクス」なのでしょうか?

斎藤幸平さんの『人新世(ひとしんせい、と読みます)の「資本論」』を読んで、mezzoはこのイメージをいい意味で裏切られました。

むしろ日常の中で、次のようなことをふと考えることのある現代人に響く内容ではないでしょうか。

【こんな方におすすめ】SDGs、会社や学校で取り組んでいるけれど、気候変動が止まっているようには思えない。
 もっと効果のある政策を考えた方がいいのではないか?

・介護職、医療スタッフ、教員などのエッセンシャルワーカーの人手不足が深刻だ。
 この人たちの待遇が良くないのは、それ自体利益を産む仕事ではないからだ。むしろ厳しいコスト削減に直面している。
 もしそうなら、生産性至上主義で待遇を決める仕組み自体が限界なのでは?
メゾさん
メゾさん

気候変動対策をやってみたいとは思ってる。

でも気づいたら可愛いエコバッグがたくさん売られていて、つい買ってしまう。

SDGsがビジネスチャンスになっている以上、たくさんものを売らないといけないからね。

でもこれって逆に、ゴミを増やしていないか?

そんな方、本書は面白く感じられると思います。

本の基本情報

集英社新書の公式サイトより、基本情報は以下のとおりです。

タイトル:人新世の「資本論」
著者  :斎藤幸平
出版社 :集英社(集英社新書)
発売日 :2020年9月17日

気になる部数は現在20刷、2021年5月時点でなんと30万部越のベストセラーだとのこと。

学術系の新書では異例の販売部数ではないでしょうか。

著者の斎藤幸平さんは1987年生まれ、大阪市立大学大学院経済学研究科准教授、マルクス主義を専門とする研究者です。

斎藤さんは、NHKの「100分de名著」シリーズの『資本論』も担当されています。

元々2021年1月の放送だったところ盛況で、2021年12月にアンコール放送が実現しています。

受賞歴

『人新世の「資本論」』は、出版以来とても注目されている本です。

中央公論新社の【新書大賞2021年】大賞受賞作!

https://chuokoron.jp/shinsho_award/archive/2021.html

レベル感(参考)

メゾさん
メゾさん

ベストセラーとはいうけれど、難しすぎたらどうしよう?

▶️『人新世の「資本論」』のレベル感(参考)はこんな感じです。

※あくまでmezzoの主観なので、ご参考までに🙏※

・新書でとりわけ分厚いわけではない本です。

・問題提起は、多くの人の感覚に近いので興味を持ちやすいです。

・構成は簡潔・明晰。だが内容は充実しています。

マルクス主義、あるいは資本主義を授業などで聞いたことのある高校生なら、挑戦できるのではないでしょうか。

内容のメモ

気候変動により地球は存続の危機に晒されているところですが、資源消費量が止まらない原因は「資本主義システム」にあります。

資本主義を続ける限り、絶えず生産性を向上させ経済規模を拡大させなければいけないためです。

一方で近年、マルクスの再解釈が進んできています。

マルクスは『資本論』第一部を1867年に刊行後、1883年に亡くなっています。第二部(1885年)・第三部(1894年)はマルクスの生前には未完だった著作で、彼の死後、友人のエンゲルスの編集で刊行されています。

つまり、マルクス晩年の仕事を知るには『資本論』だけでなく、マルクスの研究ノートや手紙を読み解く必要がありそうです。

ちなみにマルクスは、ノート魔だったとのこと。

極貧の亡命生活を送っていた彼の研究スタイルは、ロンドンの大英図書館で本を借り、内容をノートに手書きで筆者するというものでした。

マルクス再解釈の鍵となる概念が〈コモン〉、マルクスが晩年に取り組んでいたテーマこそが、「エコロジー研究」と「共同体研究」でした。

なんだか現代の気候変動に通じる視点ですね。

本の後半では、「脱成長コミュニズム」の枠組みから、今後の社会像を描いていきます。

脱成長コミュニズムの柱
①使用価値経済への転換
②労働時間の短縮
③画一的な分業の廃止
④生産過程の民主化
⑤エッセンシャル・ワークの重視

デトロイト、バルセロナなど都市の住民運動の事例がいくつか紹介されていました。

mezzoのメモ:今後気になるところ

「脱成長コミュニズムの柱」を読んでいて、資本主義システムと決別して新たな社会システムを形成するには住民の主体的に意思決定が大切だと理解しました。

自動車産業の衰退により2013年に財政破綻したアメリカ・デトロイトの住民が自分達の力でコミュニティを再生したことはその一例として印象的でした。

ただ、「住民の主体的なコミュニティ運営」というけれど、その負担を本当に住民が負うことができるだろうかとふと考えてしまいました。

例えば「子育てのしやすい街づくりをしたい」と目標を掲げた場合、病気などで大きな声が苦手な住民にとっては公園で遊ぶ子供の声は迷惑と感じ、目標に反対するかもしれません。

いろんな人の意見を住民の中で折り合いをつけて「住民の意思」を形成していくのは難しいでしょうし、そこまでの負担を負うことを厭う住民が多い場合「脱成長コミュニズム」は成り立たない事になるでしょう。

「住民アイデンティティ」のようなものの形成に訴えることになるのでしょうか。

「〇〇市民としての自覚」とか。

デトロイトやバルセロナなどでは、「住民の意思」をどう形成したのか、もう少し知りたいと思ったところです。

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コメント

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